2013/03/20

罌粟の花


きょうは父親の誕生日でした。
離れて住んでいるのですが、どたばたしっぱなしで、1月以来会いにいけていない。
あしたはひさしぶりに顔を観に行きます。
北海道のおみやげも持っていく。

最近ちょっとしたことなのですが、取り返しのつかないことをしてしまって、
それはほんとうに些細で、どうってことないことなんだけど、
ちいさなことゆえに、なんとなく処理できずにいます。
取り返しのつかないこと、という表現も大層なくらい。
うっかりミス、とでも言ったほうがいいのかしら。

たぶんそれでも進むしかないんだろうな。
そういうの、胸が苦しい。
最近とくに自分の性格について考えすぎてよくわからない。
たぶんそれでも、進むしかない。
時間は止まらないし、戻ってはくれない。

まあいいか。
あしたはおいしいものを食べて忘れよう。
考えてよくなるんだったらずっと考えてたらいい。
とりあえず動こう。

2013/03/18

芹摘み


きょうは上戸彩になりすまして、芸能事務所にお給料を取りに行く、という夢をみました。

あきらかに金髪だし、どうみたって上戸彩じゃないのに、
担当してくれた事務員さんがすごく真面目に対応してくれて、
ついにはこちらから「嘘でした、ごめんなさい」と言って去る、という夢でした。
そのあと母親と姉と合流して街へ行ったんだけど、いつのまにか夜になっていて、
「え!?きょう昼からパン屋さんのバイトだよね!?」
と慌てて携帯電話を見ても、店長さんから着信がないし、
どうなってるんだ!?と思って目が覚めました。

携帯電話を見ると11時24分でした。
12時に出勤なので、急いで用意して11時52分に家を出て、無事に出勤いたしました。
(パン屋さんは家から歩いて5分なのです)

パン屋さんで働き出してからはや9ヶ月です。
いっしょに働いているみなさんが、
音楽をやっているということをとてもよく理解してくださって、
応援してくれたり遊びに来てくれたりするのがほんとうにうれしく思います。

あとはじぶんだな。
じぶんにぜんぶかかっている。
なんだか不敵な笑みがこぼれてしまいそうです。

録音のために西岡くん家に行っている男前が恋しいな。
こないだだってそう、きっと、
男前を弾きながら枯れた声でも一曲歌えば落ち着いたかもしれない。

なんてね。
喉は大切に。
きょうもごきげんは、ごきげん。

靴がない



きょうはワニのいる生活のライブでした。
朝は目覚ましで起きて二度寝をしたあと宅配便が起こしてくれました。
届いたTシャツをさっそく着てるんるんで出かけました。
土井コマキさんがデザインしたやつ。
ちょっぴり寄付もできたりする、オーガニックコットンのすてきなTシャツです。

きょうの十三ファンダンゴのライブは、チケット代の半分が東日本大震災の義援金になる、
チャリティのイベントにお呼ばれしたのでした。
出演が急遽決まったのに観に来てくださったかたがいてとてもうれしかった。
イベント自体は、いろんなカラーのバンドさんが出ていておもしろかったです。

ワニも楽しく演奏させてもらいました。
ツアーを経て、新曲がなじんできたみたいでよかった。
おはぎさんが写真と映像を撮影してくれました。
最近は会うといっぱいお話しできるのでとてもたのしいです。

おひさしぶりに写真家のムーさんにもお会いできたり、
2月のHOKAGEもだったけれど、サンタナさん(さんかくの田中さん)のお顔も、
ちょくちょく見られるのでこっそりうれしく思っています。
なかなかライブは観に行けないけれど、好きなミュージシャンのひとりです。

きのうはとても疲れていたけれど、あのあとお風呂にゆっくり入って、
いろんなことを考えました。

厭になる、ということには、かならず起因があること。
それをどう捉えるかは自分次第ということ。

白紙に戻す、という表現はあまり好きじゃない。
むかし友だちが言ってくれた、人生に引き算はない、足し算の連続だ、
っていう言葉が好きだから、そういうふうに生きていきたいと思います。
リセットなんてできない。いつでも、いま、ここから。
ここがスタート地点だと思って毎日過ごしたい。

結論としては、かるい拒否反応なんだと思います。
たとえば左利きを、右利きにするような。
必要以上に真面目になりすぎているのかもしれない。
わたしがそんなだから、そのために、きみと出会ったのかもしれない。

ありがとうね。
そう、わたしはこんなです。
きみみたいに、もっとやさしくなりたいな。


そういえば、西岡氏に貸していたアフォーダンスのCDが返ってきて、
やっと歌詞カードを見ながら曲が聴ける…!!!と思って開いてみたら、
印字がちいさくて漢字がつぶれていました。
いちばん確認したかった、二人がかさねて歌っているところなんかは、
そもそも歌詞が載っていなかった…。

うーん、もっともっと聴きこめということか。
まだまだお熱はさめないみたい。

ワニのつぎのライブは、3/25(月)神戸太陽と虎です。
出番は2ばんめで18時40分くらいからかな?
お時間もしよろしかったらぜひ遊びに来てくださいね。

大阪は3/26(火)に、梅田シャングリラです。
こちらはまだ詳細未定。
いっしょうけんめい演奏するので、ぜひ観に来てね。

2013/03/17

お手上げ


わにバートでやる曲のデモを録っている。
吐きそうになるまで食べ続けてしまう。
あしたは起こしてくれるひとがいるからと朝まで起きて用事をする。
寝不足でなんだかいらいらして他人に当たってしまう。
気持ちがわるいね、
すこしローテンション。

5月に、だいすきなヒョットコとスプリットで音源を出します。
それぞれの新曲と、お互いの曲をカバーした曲と、
それから4人で何か演奏したものを収録します。
うまくいけば5月22日の、ツーピースのイベントから販売できる予定です。

スケジュールが詰まっていて息も詰まりそう。
ただでさえ不安定のに、これ以上はよくないな。
よくないとわかっているのに止められないし止まらない。
たぶん生きているかぎり。
そういう性分だから。
支えてくれる大人が必要だ。

でもやるしかないのもよくわかっている。
やるのは自分しかいないこともよくわかっている。

いまは誰にも弱音を吐けないから、
ちょっとつらいだけです。


ちょっと落ち着こう。

2013/03/16

インキ



ひさしぶりに、おでこにニキビができました。
いまのわたしに与えられている使命について考える。

「真面目だから」と言われたので「真面目だから」とつぶやく。
帰り際にあなたを見つけて手を振る。


手を振り返すあなたをみつめるわたしはどんな顔をしていましたか。

莫迦みたいなものにも嫉妬をしてしまうわたしの手はあまりにも薄汚れている。


そうだ。
忘れてはいけないことにまた出会う。

きのうはうれしくて笑っていたけれどきょうはかなしくて泣きそうになる。
手が灰色に染まってゆく。


だんだんとそれが広がって、わたしもやがて灰色人間になってしまうのだろうか。


あなたがこの世界にいるのなら

それも悪くないな、と思った。


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ライブを控えるつもりだったのに、
なんだかんだと、けっきょくたくさんライブの予定が入っています。

◎ワニのいる生活
3/17(日) 大阪 十三ファンダンゴ
3/25(月) 神戸 太陽と虎
3/26(火) 大阪 梅田シャングリラ
4/17(水) 東京 下北沢BASEMENT BAR
4/18(木) 東京 渋谷屋根裏
4/19(金) 東京 浅草KURAWOOD
5/3(金祝) 大阪 堺Tick-Tuck
5/5(日) 大阪 南堀江knave
5/22(水) 大阪 阿倍野ROCKTOWN
5/26(日) 名古屋 club upset

◎ワニのいる生活バンド
4/27(日) 大阪 十三ファンダンゴ

◎わにバートわにバート(ワニのいる生活のあこーすてぃっくゆにっと)
4/6(土) 大阪 桜ノ宮OAP
4/12(金) 大阪 心斎橋かつおの遊び場

その合間を縫って録音だとか、ものをつくったりだとか、
あとはお金を貯めるためにいまお仕事を増やしているので、
なんだかてんやわんやのまいにちです。

でもやりたいことだけはクリアなので疲れない。
会いたいひとも、たくさんいるので気丈。

ことしは西のほうにも行ってみたいし、
まだまだ手をつけていない、たくさんのやりたいことがある。

体にだけは、気をつけようと思います。


2013/02/07

喪失





わたしの全部を葬送しようと決めたので

ことし一年をつかって葬儀をします


どうぞあざやかに遺却して

きれいさっぱり忘れてやってね



「殺す」のではなく


「死んだ」ものとして処理する行為が必要




そこに

いのちなんてものはなく


うまれたときから死んでいる




そう

この日々は

そのための準備期間



大袈裟に感じることもなく


ただ そのまま

受け止めれば良い




いまから

四月と六月が来れば

すこしは先が見えているかもしれない

(なにかが変わるかもしれない)


あのひとのなまえを呼ぶことも

すこしは考えてはいるけれど



きっと

現実にはならないだろう





死ぬために生まれてきた子どもたち



たとい忘失したとて


亡失はせぬ






約束さ







このいのち、果てる前に



すべてきちんと供養してやる






2013/01/27

満月の日


前回書いた日記のタイトルを
『海辺のフカフカ』と空目してしまい、
ひとりでほっこりしていました。
みなさまいかがお過ごしでしょうか?

中身の詰まった毎日で、日付や時計の針がびゅんびゅん過ぎていく。
いつのまにか季節も小寒から大寒へ、
厳しい寒さとは反対に、日が少しずつ長くなって、
春が近くに来ていることを教えてくれます。

季節って、こんなに身近に感じられるのだなと、
思ったのはここ数年で、その微妙な変化を気にかけて過ごしてみると、
毎日がまったくちがって思えるので、とても楽しいです。
あと一週間くらいすると、季節の上ではもう春が来るのです。
今からがいちばん寒くなるのに、へんてこな感じですが。

そしてその、いちばん寒い時期に、日本の中でもいちばん寒い場所、
北の国は北海道の札幌へ行ってきます。
旅行ではなくて、ワニのいる生活で、ライブのイベントにお呼ばれして。
そして札幌のあとは、青森、盛岡と、南へ下ってそこでもライブをさせてもらいます。

たのしみだなあ。
寒さはこわいけれど、きっと大阪の寒さとは、違うんだろうな。
街の雰囲気や行き交うひと、日暮れや朝いちばんの空気、
喧騒や走る車、電車、出会ったことのないいろんなものと触れ合う。
そのすべてをうけとってこれますように。

話は冒頭にもどりますが、海辺のフカフカ、気持ちよさそうだな。
暖かくなったら、どこかの海辺へ、フカフカしに行きたいな。

まいにち、いろんなことがあるけれど、
ちいさないいことを見つけて、一日一日が、いい日でいてくれていますよ。
どうもありがとう。

わたしはあいかわらず、元気でいます。
お膳立てされた人生は、きっとつまらない。

2013/01/16

海辺のカフカ


じぶんひとりなら決して手に取らない本だって、
あのこに貸してもらったのなら、読んじゃうんだよ。
ということで村上春樹を読んでいます。
…まさかこんな日がくるとは!
と大袈裟に思っていましたが、意外とおもしろくて。
寝不足が続きそうです。

きょうの夢もへんてこな夢だった。
思った時間に起きられなくてつらいけれど、
理由はあるのであしたはしっかり起きるぞ。
と思ったら、シャーロック・ホームズのドラマに魅入ってしまってこんな時間です。
えらいこっちゃ。急いで眠ります。

三宮ならジャズ喫茶にまた行きたいな。
梅田だと、何かとわいわいしてしまうから。
前に行ったカフェもいいけれど。
ひさびさに一人旅な、気分だったり、するのです。

寒中見舞いもぼちぼち書けているし、
きょうやり残したことはあしたまたがんばろう。

とりあえず寝ます。
なんだか中身がなくてごめんね。
それではおやすみなさい、いい夢みてね。

2013/01/14

御舟


きのうはおふねさんのイベントに遊びに行きました。
イベントと、梅田ハードレインという場所と、出演されていた方々が、
どれも違うものであってはいけないような、
この場所だから、この人だから、というはっきりしたつながりがあるようで心地よかった。
おふねさんは、やっぱりおふねさんなんだなあと思った。
そしてそういうのが、ほんとうにいいアーティストなのかも知れないですね。
3月33日さん、鈴木実貴子ズさん、そしておふねさん。
出会えてよかったと、そっと思います。
思わぬひとにも再会できた。
NOBIROCKでお世話になったノビタさん、
半年振りぐらいにお会いできたどらちゃん、
そしていまではすっかりお友だち(と勝手に思ってます)、の、
豊川座敷の雨敷のベースや、ほかにもいろんなバンドをされている、やのちゃん。
わいわいできるひとが、どんどんふえてきて、とても楽しいです。
ひとに会えるっていいなあ。(とくに、ふゆ、は。)
みなさんいつもありがとう。

そして遅れてきた西岡氏と二人で、
出演者でもないのに打ち上げに参加させてもらって、
12月のワニのいる生活ワンマンでお世話になった3月33日の長田さんと飲む。
打ち上げにいらっしゃった出演者さんたちが、なんともいえない、
あたたかくって、「ひと」という感じのひとたちで、
それを眺めながら「にんげんっていいな」とこっそり思っていました。
いろいろくだらないお話しをしたり、
おふねさんソロのライブを初めて拝見したときの衝撃を話したり。
とても楽しませていただきました。
おふねさん、いつもありがとうね。


いろんなひとがいて、いろんなふうに交わって、
いろんな話をして、いつのまにかさよならをする。
そういったふつうのことの良さを、改めて感じた一日でした。

今月は自分自身のライブがまったくないので、
思い切って、大好きなひとたちのライブに遊びにゆけるのです。
それもしあわせ。

わたしは、何かを得るためには何かを失わないといけない、
なんて思っていたけれど、それはたぶん、ちょっとちがう。
あのひとの、いうとおり。
失わないといけないなんてこと、ひとつもない。
何かを、本気で、得ようとすることが大事。
本気だったら、失ったものも、失うべきものとして、すこしは明るく、触れていられる。
笑って、ありがとうと、さようならを、言えるはず。

なんにも気にすることないんだよ、なあんにも。
ぜんぶ自分が知っているのに、わからなくしているのは、いつも自分だ。
だから、せめて、いまあるものを、全力で大切にしたい。
この先どうなるかなんて、ほんとに、誰にもわからないんだから。
やるしかないのです。
それだけ。

という、すこしまとまった時間があると、こういうことを書いてしまうね。
たまにはいいかしらん。


雨、やみましたね。

2013/01/13

夢魔


ここ最近、あさの7時半出勤のときは6時ぴったりに目がさめるのに、
それ以外の時間に起きるとなると二度寝をしてしまう。
夢をたくさんみるからかしら。

きょうの夢はちょっと、いやな夢だった
親友がどこかへ行く夢
彼女は14日から新婚旅行で海外にいくのだけれど

親友の背中を見てとても悲しくなった

最近毎日のように感じていることとよく似ているかもしれないね。
わたしは相も変わらず、ゆらゆらゆれて、
ふわふわしているのですもの。

一歩ずつでいい。正解なんてない。
答えがそもそも、ない。
ゴールもない。結末もない。
あるのは生きている実感だけ。
それだけで、いいじゃないか。
まだ欲すの?よくばりね

彼女が無事に帰国することをお祈りしています。
きょうは安堵できる夢がみれるといいな

2013/01/11

自戒


去ったり去られたりが彼のまわりにもきっとあるのだろう。
わたしの棘はわたしの一部分になった。
借りていた本を読み終えた。

幼いころの想い出と一日の大半を過ごす。
いつも情けなくてなみだがでそうになるのだけれど、
もう、これからは泣いてはいけないような気がした。
記憶をたどって、ここはどこ、だれとなにをした、なんて思い出す。
それでもついていけないほど、景色はおぞましいはやさで変わっていく。
良くも、悪くも、変わっていく。
わたしも気がつかないうちに変わっていく。

嫌いにもなれないし、憎みきれないし、
必要以上に愛せないし、それが血なのだろうと思う。

見てみないふり、いつだって。
おせっかい、親切、
ふと我に返ると、鬼のようだ。
自分のことにしか生きていない、畜生だ。

生温いお湯からはもう脱出しなくては。

2013/01/08

疾患


いつのまにか指の皮膚の裏側に、茶色い木の棘が刺さっている。
じわじわと痛みが来る。

流行り病ではありませんが、自分の弱さに辟易する。
それでも、立ち止まることは、つぎに動き出す力を出すための大事な時間。
喪失することで獲得しつづける――正しく。
その通りであります、閣下。

ちっちゃな鼠がちゅうちゅうと、泣いている。
手錠を掛けられた夜鷹が空を待っている。
やさしい鼠。こちらをみて微笑む。

この棘はいつ、体の外へ出ていくのだろう。
その瞬間を、わたしは見ることが出来るのだろうか。
ずっと夢のなか、と思えば、ずっと夢のなか。
終わりはまだ来ない。
きっと終わりなんてない。
あるのはこころだけ。
存在するのは、自分だけ。

この痛み、早く絶って仕舞いたいな。

2013/01/07

おかたづけ


きょうはひたすら片付けて片付けた一日でした。
でもまだまだ片付かない。
ひとおもいに、ぜんぶ棄ててしまおうかと思う。
たぶんきっとそれでもいいのだと思う。

きのうはわにバンドで新年会でした。
みんな寒いのに集まってくれてありがとう。
おもてなしのお料理を、すこし失敗してしまった。
男の子4人、みんなちゃんとお腹いっぱいになったかしらん。
ミネストローネとかぼちゃのニョッキはわりとうまくいったけど、
キッシュは下のパイ生地まで火が通っていなかったので失敗だな。
またチャレンジしようと思います。

お友だちが貸してくれた本を読んでいます。
田口ランディさんという著者。
思いのほか面白くて、寝不足気味です。
やることがおしよせてきておぞましい。
でもピアノは弾いたよ。

むかし書いた手紙に、すこし背筋をしゃきっとさせて。
いま想っていることと相違ないかしら。

きょうはよく冷えるね。
風邪をひかないように、気をつけて。
おやすみなさい。

(いまきみには会いたくないんだ)

2013/01/04

映画


きょうはすごく楽しかったです。
二人とも、いつもありがとう。

献立は、けっきょく時間がなくて寄せ鍋にしました。
お魚をたくさん入れた。カワハギもおいしかった。
つぎは4月ごろに会う約束をしたので、
お弁当をつくって、お花見できればいいな。

いろんなお話ができたり、馬鹿みたいに騒げる幼なじみがいて、
うれしい気持ちでいっぱいです。
ありがとう。

ことしはまわりのひとに、
きちんと『ありがとう』と『ごめんなさい』が言える年にしたいです。
そして姿勢を正しくしていたい。

話は変わりますが、2日3日と働いた職場で、
音楽をするひとと、つながる機会をいただきました。
おもしろいひとはたくさん居るんだなあ。
ことしもまだまだ世界がひろがりそうな予感、です。

映画を観に行きたいな。
すてきなあの子と、いっしょにね。

献立


きのうはさぼったわけではなくてよ。
短期のバイトが終わって、母と夜ご飯を食べて、
お風呂の順番をゆずったおかげで居間でうたたねしてしまって、
目が覚めたら朝の6時でした。
それからお風呂に入って部屋の片付けをしていたらこんな時間になってしまった。

…いや、これは完全に日記を書くのを忘れてましたね。
すみません。言い訳無用。

きょうは久しぶりに幼なじみと集まって新年会を開催します。
なぜか新年に集まるというのが恒例化しつつありますが、
なかなか機会がないのでとても楽しみです。
寄せ鍋、と公言していましたが、せっかく女の子が3人も集まるのだし、
ちょっとおしゃれな献立を考えているところ。
今晩の日記で、何を作ったかお知らせいたしますね。

浅川マキを聴く。
セント・ジェームス病院という曲がたまらなく聴きたくなって。
このひとの暗さには明るさがあって、とても好きだなあと思います。

きょうもあしたも、そして7日も、もしかしたら9日も新年会。
ことしは、作ったことのないお料理をたくさんつくるぞー

では、お買い物に行ってまいります。
また後ほど。

(そういえば朗読をながいこと、していないなあ)

2013/01/03


家に帰ったら冷蔵庫に『夢』と書かれた紙が貼ってありました。
母の仕業でしょう。おもしろいひと。

きょうは短期のアルバイトというものを初めて経験しました。
百貨店の特設カウンターでのお仕事。
なかなかおもしろかったです。あしたも楽しんで働かせてもらおう。
お仕事が終わって家に着くと、ちょうど母が家にいてご飯を作ってくれました。
アメ村で録音していた西岡くんと合流。晩ごはん。
そのあとすこし仮眠して、ピアノとシンセの録音。
休み休みならぬ眠り眠りやりましたが、かなりいいものができたように思います。
あとはギターとアナログシンセのみです。
完成がたのしみだなあ。

夢、という言葉に、惑わされてはいけないね。

夢は実現しなくちゃ。
そして現実のものにするための第一歩は、行動です。
新しい年になってまだ2日めだけれど、この調子で意識を確り持ちたい。

それではまたあした。
あしたはすこし、寝坊ができるぞ。

2013/01/02

新年


あけましておめでとうございます。
このタイミングを逃すといつまでも更新しなさそうなのでとりあえず書きます。

きょうも元旦から家で録音でした。
2月11日の、三国ヶ丘FUZZというところでのライブで無料配布される音源の録音です。
ほんとは1月末までの締め切りなのでもっとゆっくりするはずでしたが、
お世話になっているエンジニアさん(フクオカさん)の都合で
1月4日までに音源をわたさなくちゃいけなくて、
年末から一気に作業に取り掛かっている次第です。
でもどうしてもフクオカさんにやってもらいたいから、気合で録音しています。
昨日は歌録り。歌を録るのはほんとうにたのしい。
きょうは14時ごろからはじめて、23時まで奮闘したにもかかわらずピアノが録れなかった。
そのかわり究極に詰めたアレンジができたように思います。
あとは明日、お仕事が終わってから3時間でピアノとシンセサイザーを録るだけです。
翌日もお仕事。
馴れない内容なので神経を遣いそうだ。

今年は意識する年にしたいと思います。何事に対しても。
ぼーっとしていると段々腑抜けていくものだから、気をつけなくっちゃ。
それではまた明日。

当面の目標は毎日更新することです。
おやすみなさい。

2012/11/29

スーパースター


東京への遠征中は久しぶりに東京事変を聴きました。
惰性でいまも聴いている。
唇が乾いて、胃の中も破裂しそう。

もう喉を切り取ってやりたいわ、
だけどわたしは諦めがわるいの、
覚悟しておいてね。
いまは指先でうたうから、えがお。
声がなくなったって、喉を切り裂いたって、
わたしはうたう。
歌いたいの。
ちゃんと自分は知っている。
わたしの歌は終わった、なんて。

もう二度と言うなよ。
きょうはそれだけ、
たくさん夢を見た。


ごめんなさい神さま
なんでもするから。
声を返して。
うそだ、声がなくても、うたうんだろ、

感覚は決して易しいものではないよ、


しずかにめをとじて


おなかのなか



おなかが肝だよ




2012/11/28

想い色



大人になる季節が来たのかしら。
と、なんとなく思ってみる。

「結局○○、」なんていう口癖がついているようで怯える。
おおきく息を吸う、息を吐く。

もう白い。
うれしくって、尖った夜空に、何度も息を吐く。


あっという間に美術会が終わって、
休む暇もなくライブ、ライブ、練習、ライブ、の毎日です。
それでも何が違うのか、
まったく忙しいとは思わない。
体が思いどおりにならないときは、なんだかなあ、と思うこともあるけれど。

美術会のことは、まとめて何かのかたちで遺したい反面、
未熟な自分の実力や現実を突きつけられたような気がして、
ぐっと、おなかの底で、真摯に受け止めています。

たくさんのひとの力を貸してもらって、
たくさんのひとに足を運んでいただいて、
これ以上の、幸福は、ありませんでした。
その点は本当にこころから感謝をしています。

今回きっぱりわかったこと、決心したことがあって、
それは胸のうちに秘めて現実にすることで清算をします。

口に出すと、消えてしまうような気がします。

知っているのは先生だけで良い。


最近の興味は「しあわせ」と「結婚」です。
このふたつは別々の案件ですが、
「結婚」については答えがすこし見えてきた。
今の時点では、必要かそうでないかでの選択だけで良いのでしょう。

明日のことなんてわからないのに。
(わからないから約束するの?)
書類がなんの役に立つのだろう。
ただの紙切れで将来を契り合うなんて愚かに思う。

そんなのものに依るから、目に見えないものを失ってしまうんだ。
まいにち手を取り合ってこころを通わせれば済むお話しです。
(強い覚悟とバランス感覚と根気が必要)

まあ、自分と相手の人生を擦り合わせて生きていく感覚は嫌いではないけれど。
それと結婚することとはたぶん違う。
でも人それぞれだから、なんでもいいんだけどね。


「しあわせ」に興味があるのは継続的なことで、
言葉の意味を考えたりするというよりはそのように感じることに対しての考察です。
「しあわせだなあ」と、よく思うほうだと思うのですが、
思うだけじゃあ駄目なのだなあと思って。

背徳感をなくしたり、よろこびを隠そうと努力するのではなくて、
どうにかして他人に還元することが大切なのかしらんと思っています。
自分の存在だけでしあわせと感じることなんて稀なのだから。
(逆に自分が存在しないとどんなものもしあわせには成り得ないのだけれど)
それはまた違う論点。

結局自分のためだけに動くよりも、
大切なひとたちのために動いたほうが良い結果になることが多いのでしょう。
(ほらまた結局と言う)
自我を捨てることと似て非なる、
それをニュートラルに受け止めることが鍵です。

無感情は敵ではない。
そんなこと自然に思って受け入れるなんて、昔のわたしでは考えられない。

やはりいろんなことが毎日変わっていく。
自分がいちばん、変わっていくいきものです。
毎分、毎秒。
そのための時計かしら。


ト、きょうはここまで。
またこそこそと書きます。






2012/11/26

恢復






お元気ですか。
ずいぶんと、ご無沙汰をしています。

季節はすっかり冬のつめたい空気で、
わたしは年々、からだとこころがそれに慣れてきました。
あのころどうしてあんなに寒さにおびえていたのか、
ちっとも検討がつかないくらいです。

あなたはいかがお過ごしでしょうか。
こちらは、あいかわらずです。
わるあがきして、いったりきたり、しています。

しあわせなことに、まわりにたくさんのひとがいてくれて、
脳みそも、からだも、むかしよりは軽くなったし、
笑うことも、泣くことも、むかしよりは好きになったし、
あなたが愛した、このばかみたいな情緒不安定も、
すこしは受け入れられるようになりました。

さいきん、あなたがどれほどわたしを好きだったのか、
ふと、わかったような、気がして、それと同時に、
わたしは、あなたを、ほんとうは、好きでしょうがなかったんだと、
はじめて、すなおな気持ちで、
ほんのすこしだけ、わかることができました。

これを聞いたら、あなたは、どんな顔をするでしょう。
あの歪んだ口元で、苦笑いするのかしら。
それとも、中身のない満面の笑みで、あかるく相槌をうつのかしら。

迷うことは、ひとを、くらげのようにしてしまうけれど、
こうやってまわりみちをすることが、
どれほどじぶんにとって、たいせつなことか、
ようやく理解しはじめました。
それも、あなたは、すべておみとおしだったのかしら。

いま、あなたの、あのときの気持ちにすこし触れることができても、
あのとき何を考えていたのかまでは、どうしてもわからないのです。

ただ、わかることは、
どれほどわたしを想ってくれていたかということと、
それを、わたしは、とてもおぞましい感情で、憎んでいたこと。
ばかなわたしは、愛憎が同じものだとは、
あたまで理解していても、やはり、認めることが、できなかった。
そしてそれが、じぶんというものの弱さだという現実から、逃げてしまった。


齢を重ねると、ほんとうに、いろんなことが見えてきてしまいますね。
でも、そのなかで、なにを信じて、なにを選ぶかは、
生きているうちの、かけがえのない、自由なのではないかしらと、ふと思います。

あなたとの時間のなかで、たくさんのものを、もらって、
でもたいせつにできなくて、たくさんのものを、棄ててしまって、
そうして、また再び巡りあって、
こんどは、たいせつに、この手で抱きしめる機会を、与えてもらっています。
そしてこうやって、あなたと会わなくなったいまも、
あなたは、わたしに、たくさんのことを、教えてくれています。

失ったもののおおきさと、手にするしあわせは、
ほんとうはいつも、つりあいがとれています。
それは、わすれてはいけない、たいせつなことです。

わたしがこのしあわせを享受することは、
あなたを失いつづけることでもあるのかもしれません。

なんだか曖昧な表現になってしまったけれど、
わたしの知っていることといえば、それくらいです。
だけど、完全に理解するまでには、まだきっと、時間を要するでしょう。
そしてたとえ死んだって完全なんてものはない。
それもまた、理解しはじめたことのひとつです。


お手紙を、受け取って、最後まで読んでくれたことを、とてもうれしく思います。
感謝と尊敬の念をこめて。