2013/09/11

うたうたう


たとえば、
いつも使っている筆記具をあたらしいものにしてみたり、
いつもとちがうコーヒーの豆を買ってみたり、
朝起きてすぐに夢の内容を書いたり、
まいにち軽い運動をしたり、
友だちにもらったハンドクリームを塗ったり、
電球をとりかえたり、シンクをみがいたり。

いまは、
『ものごとを、ととのえる』
ということに意識を集中して暮らしています。


今年をふりかえって、
すこし、あせっていたのかしら、と思う。
たのしいこと、うれしいこと、きもちのよいことよりも、
時間だとか、効率だとか、
無駄のないようにせこせことしてしまっていたのかもしれません。

やりたいことよりも、やらなくちゃいけないこと。
じぶんのきもちよりも、ひとのきもち。
(それも、正確に汲み取れていたわけではない、
じぶんがかってにかんがえる、ひとのきもち。)

こころがからまわりしてしまう日々だったような、きがします。


そんなこころの状態に、知ってか知らずか、
すこしずつ、体調を崩してしまって、
ついに、バンドを休ませてもらう決心をしました。

お休みすることについては、じつを言うと、
それ以前からも考えてはいたことでしたが、
バンドにとっては、どの瞬間も、大切な瞬間ばかりなので、
なかなかタイミングがつかめずにいました。

じぶんのまわりのことで、悩んでいることも、たくさんあって、
こんがらがってしまっていました。
ひとつずつ、ゆっくり、向きあえば、
きちんと解決できることばかりでしたが、
気持ちに余裕が持てずに、ひとりで考えることも、
だれかと話すことも、うまくいかない状態でした。


9月10月とライブをお休みさせてもらって、
そのあとのこと、音楽を続けるかどうかについては、
正直、7月の時点では、じぶんのなかで
あまりいい答えが出ているとは言えませんでした。

7月と、8月に、とてもいろんなところに行って、
いろんなことを経験させてもらって、
いろんなひとに、お会い出来ました。
いろんなひとに、いろんな言葉をもらいました。

そしていま。
9月に入って、音楽ではなく、
じぶんと向き合って、対話する時間がたっぷりあるなかで、
ゆっくり、ゆっくり、じぶんのこころが、
元気になっていくのを、感じます。
いままでが、どれだけ消耗して、疲れていたのだろうかとも、おどろいています。
これじゃあ、たのしいことも、たのしめないし、
やりたいことも、こころをおしつぶしてしまう。

未来につながる今、という時間のなかで、
いまこの日々が、とても大切なものだと、実感しています。
うまくいかないことがあったときに、
すこし立ち止まったり、まわりを見わたしたり、
そういうことが苦手なわたしに、
神さまが、ひと休みすることの大切さを教えてくれているのだと。

じぶんに余裕がないと、
ほんとうに大切なものを、なくしてしまうよ、と。

やさしく、よりは、やわらかく。
いそがずに、時間をかけて、
できるかぎり、ゆっくりと、ていねいに。

あきれるくらい、
『時間をかけて何かを成し遂げる』ことに対しては、
不器用だったり、するのです。


そんなふうに気付いてからは、
すこし、らくになりました。
出来ないじぶんを、許せるように、なってきたし、
かたまったこころもあたまもからだも、
時間をかけて、ゆっくりと、ほぐしているところです。

音楽を続けることに対しても、
じぶんなりに、向き合って、考えることが、できています。
それも、前向きに。
じぶんの人生なので、じぶんで、決める。
いままで、どれだけまわりのひとに頼ってきたかを知って、
とても情けない気持ちでいっぱいです。


いまは、このまま、
こころにたくさん栄養をあげて、
すくすく恢復することができたらいいなと思っています。
それといっしょに、あたらしいわくわくも、
こころのなかに育ちゆくのを、感じています。

どうあがいたって、時間は、戻らない。
それだけは、肝に銘じて。


はやく、会いたい、と想ってくれているひとたちに、
わたしも、はやく、会いたい。

あなたの貴重な人生の片隅に、
わたしを入りこませてくれて、ありがとう。
大切な時間をかけて、会いにきてくれて、いつもありがとう。

もっともっと、たのしい、や、うれしい、を、
お届けできるように、がんばります。
それまで、もうすこしだけ、待っていてくださいね。


長いのに読んでくださって、どうもありがとうございました。



追伸
あいかわらず、喉のお薬に頼ってはいますが、
うたうことに対しても、臆病にならずに、向き合えるように、なってきています。

また、あたらしいことにも、チャレンジするかもしれません。
あたたかく見守ってくださると、幸いです。