2012/11/26

恢復






お元気ですか。
ずいぶんと、ご無沙汰をしています。

季節はすっかり冬のつめたい空気で、
わたしは年々、からだとこころがそれに慣れてきました。
あのころどうしてあんなに寒さにおびえていたのか、
ちっとも検討がつかないくらいです。

あなたはいかがお過ごしでしょうか。
こちらは、あいかわらずです。
わるあがきして、いったりきたり、しています。

しあわせなことに、まわりにたくさんのひとがいてくれて、
脳みそも、からだも、むかしよりは軽くなったし、
笑うことも、泣くことも、むかしよりは好きになったし、
あなたが愛した、このばかみたいな情緒不安定も、
すこしは受け入れられるようになりました。

さいきん、あなたがどれほどわたしを好きだったのか、
ふと、わかったような、気がして、それと同時に、
わたしは、あなたを、ほんとうは、好きでしょうがなかったんだと、
はじめて、すなおな気持ちで、
ほんのすこしだけ、わかることができました。

これを聞いたら、あなたは、どんな顔をするでしょう。
あの歪んだ口元で、苦笑いするのかしら。
それとも、中身のない満面の笑みで、あかるく相槌をうつのかしら。

迷うことは、ひとを、くらげのようにしてしまうけれど、
こうやってまわりみちをすることが、
どれほどじぶんにとって、たいせつなことか、
ようやく理解しはじめました。
それも、あなたは、すべておみとおしだったのかしら。

いま、あなたの、あのときの気持ちにすこし触れることができても、
あのとき何を考えていたのかまでは、どうしてもわからないのです。

ただ、わかることは、
どれほどわたしを想ってくれていたかということと、
それを、わたしは、とてもおぞましい感情で、憎んでいたこと。
ばかなわたしは、愛憎が同じものだとは、
あたまで理解していても、やはり、認めることが、できなかった。
そしてそれが、じぶんというものの弱さだという現実から、逃げてしまった。


齢を重ねると、ほんとうに、いろんなことが見えてきてしまいますね。
でも、そのなかで、なにを信じて、なにを選ぶかは、
生きているうちの、かけがえのない、自由なのではないかしらと、ふと思います。

あなたとの時間のなかで、たくさんのものを、もらって、
でもたいせつにできなくて、たくさんのものを、棄ててしまって、
そうして、また再び巡りあって、
こんどは、たいせつに、この手で抱きしめる機会を、与えてもらっています。
そしてこうやって、あなたと会わなくなったいまも、
あなたは、わたしに、たくさんのことを、教えてくれています。

失ったもののおおきさと、手にするしあわせは、
ほんとうはいつも、つりあいがとれています。
それは、わすれてはいけない、たいせつなことです。

わたしがこのしあわせを享受することは、
あなたを失いつづけることでもあるのかもしれません。

なんだか曖昧な表現になってしまったけれど、
わたしの知っていることといえば、それくらいです。
だけど、完全に理解するまでには、まだきっと、時間を要するでしょう。
そしてたとえ死んだって完全なんてものはない。
それもまた、理解しはじめたことのひとつです。


お手紙を、受け取って、最後まで読んでくれたことを、とてもうれしく思います。
感謝と尊敬の念をこめて。






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